「アルー」

 トルティニタが、まるでその時を見計らっていたかのように、すぐ横に並べられてい
る彼女のベッドから、飛び移るようにしてアリエッタに抱きついた。

「ちょ、ちょっと、トルタ……」
「読み終わったんでしょう?」
「ま、まあ……一応はそうだけど」
「ならさ、話しでもしようよ」

 暇で暇で仕方がないといった様子で、トルティニタは甘えるようにそう言った。アリ
エッタもそんな風に言われるのには慣れていたから、トルティニタの髪を撫でながら、
優しく応えた。

「じゃあ話してよ。今日の練習のこととか」
「それよりさ、アルは今日なにしてたの?」
「パンを焼いて、この本を読んでただけ。私の話なんてしても面白くないよ」
「そうでもないよ。私の方こそ、一日中歌ってただけだもん」

 毎日のように話し合っている二人には、それほど話すことはない。それでも、双子は
よくこうして些細なことを話し合った。特に、アリエッタが音楽教室に通うのを止めて
からは。一緒にいる時間が少なくなってからは。

「じゃあさ、パンのこと話してよ。アルの作るパンってすごく美味しいから」
「焦げてなければ、でしょ」
「あ、先に言われた。でも、本当に味は良いと思ってるってば」
「正しい作り方をすれば、誰が作っても同じだよ」
「……ううん、アルのは特別だよ」

 お世辞にも聞こえそうな言葉だったが、トルティニタは真剣にそう言っているようだ
った。少なくともアリエッタはそう思っているようだった。
 どうせ聞いても覚えるつもりもないのだろうとわかっていながら、それからアリエッ
タはパンの作り方なんかを話したりしてトルティニタと時間を過ごした。

 その日の深夜。アリエッタは寝苦しさに目を開けた。隣で静かな寝息を立てているト
ルティニタを起こさないようにそっと起きあがり、彼女が背中をこちらに向けているの
を確認してからスタンドの明かりをつける。
 アリエッタは、自分のことを不幸せだとは思っていなかった。幸せだ、と断定するこ
ともできただろう。
 しかしその幸せが、本当に確かなもので揺るぎないという確信は、もてなかった。
 小さく息を吐き出し、アリエッタは考えるのを止めた。トルティニタに邪魔されてし
まい、ほんの数行だけ読み逃していた、小説の最後のページを開いた。
 そこには、短い数行の文しかなく、小さな羽をもつ小さな妖精の絵が再び描かれていた。

 

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